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社会の運営について

過ごしやすい社会、より良い社会の運営をすることについて考えて行きます。

メッセージ・イン・ア・ボトル (安倍とヤクザと火炎瓶)

ネットでは「安倍晋三がヤクザを使って敵対陣営の選挙妨害を行い、しか
もヤクザに報酬を支払わなかったため、自宅に火炎瓶を投げ込まれた」件
が話題ですが、気になったのでその詳細を書きます。

この件は「安倍首相宅放火未遂事件」として検索すると出てきますね。20
00年6月〜8月の間に計5回投げ込まれた模様。フリージャーナリストの山岡
俊介による2005年の記事がこちら

http://straydog.way-nifty.com/yamaokashunsuke/2005/01/post_13.html

ここでは火炎瓶ではなく「銃撃」だったのではないか、と書かれているが、
この時点では記事全体が憶測の域を出ない。

が、2018年の6月になって「物証」が出てくる。山岡俊介自らが主催するメ
ディア「アクセスジャーナル」のこちらの記事。

https://access-journal.jp/1978

以下記事から抜粋

「本紙・山岡はその「証拠文書」をついに入手したからだ。
それは正確には1つの「願書」、2つの「確認書」で、いずれも、地元の
当時の筆頭秘書・竹田力氏(山口県警OB。元警視)の署名・捺印がされ
たものだ。」

アクセスジャーナルの記事は有料登録しないと先が読めないため、リテラの記事を紹介する。事件の概要はこうだ。

http://lite-ra.com/2018/07/post-4108.html


2003年に下関(安倍首相の地元)で、6人が逮捕される。容疑は、安倍の自宅に火炎瓶を投げ込み、車庫の車3台を全半焼させたという「放火未遂」。
逮捕されたのは、特定危険指定暴力団「工藤会」系暴力団組長と組員、そして、元建設会社社長でブローカーの小山佐市。

この後、山岡氏が取材に入り、小山と接触していた「地元関係者」にインタビューを行う。山岡氏によれば地元関係者は「小山から直接、「あれ(安倍宅への放火事件のこと)はわしが工藤会にやらせた」「選挙妨害を頼んでおきながら、安倍事務所が約束を守らんかったからや」と聞かされていたことを証言した」のだという。

この「選挙妨害」とは1999年の下関市長選。現職市長の江島潔(現・参院議員)と元市長の亀田博(現・下関市市議会副議長)、元国会議員で野党系の古賀敬章(のちに衆院議員、引退)が立候補していた。

現職市長の江島は安倍と関係が深く、安倍事務所は対抗馬である古賀を攻撃するために、小山に怪文書工作を依頼したという。

江島は当選したが、安倍事務所は約束を果たさず、怒った小山が知り合いの工藤会系暴力団組長に依頼し、自宅を放火させた。そして火炎瓶を投げ込ませた、これが事件の概要だ。


小山への取材

「小山は依頼してきた佐伯秘書の上司である安倍事務所・筆頭秘書の竹田力にまで直接掛け合い、念書まで取っていたというが、それでも安倍事務所はのらりくらりと小山の要求をかわし続け、挙句は裏切りの姿勢まで見せたという」

この「念書」について山岡氏は取材するが、「竹田は念書の存在は認めたが、内容は読まなかったとシラを切った」。その後竹田は死去する。拘置中の小山は何も喋らず、その後懲役十三年の実刑判決を受け、連絡が取れなくなってしまう。

ところが、今年5月に満期出所した小山が山岡氏の取材を受ける。「当時、安倍事務所の佐伯秘書から古賀の選挙妨害工作の依頼を受けていたこと、
安倍事務所が見返りの約束を反故にしたこと、その約束を書いた念書が存在していることなど、主要な疑惑をすべて認めた」のだという。

「怪文書については、「ゴム手袋して何万部もコピーして、自分も部下と車で回って各家に投函した。佐伯秘書も手伝ったことがあった」と語る」。

「」内はリテラからの引用。


念書の存在

http://lite-ra.com/2018/07/post-4111.html

小山が山岡氏に見せた「念書」計3通に、交渉過程が記されている。(リテラではその念書の画像が出ている)


事件の判決文

http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/547/034547_hanrei.pdf

 

「被告人B」が小山だ。

注目すべきは、「被告人Bは,下関市長選や大手スーパーマーケットの進出のために計画道路の変更を求めていたことなどを巡り,G議員側とトラブルになっており,金銭的解決の要求が満たされなかったことから,本件各犯行を依頼したことは十分合理的であるから」と裁判所が「G議員側」との金銭関係のトラブルを認めているところだ(G議員とは安倍晋三のことだ)。
被告人B(小山)の弁護人は「暴力団員に火炎びん投擲を依頼する動機がない」と主張したが、裁判所は動機の説明として、G議員側とのトラブルの存在を認めているのである。

裁判所によればG議員側と被告人Bとの交渉はあったということだ。
後は「G議員側」について、安倍晋三本人の関与の有無があったのかどうか。
「2通目の文書」では安倍は99年7月3日に小山と会う段取りが示されている。
(安倍と会ったときの記録が3通目の文書だ)

これらは事実かどうか。
事実だとすればとんでもないスクープ、スキャンダルだろう。徹底追求をのぞむ。
The Police - Message In A Bottle

https://www.youtube.com/watch?v=MbXWrmQW-OE

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2018/08/30        Rally_Shun   |   


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